死神部01


 街燈の少ない、暗い道をその女性は走っていた。いつも近道だからとこの道を使っていたが、今日ばかりはそのことを後悔していた。時々後ろを振り返り、誰もいないことを確認しながら、必死に走る。先に大通りが見え、電飾の明かりと行き交う多くの人を確認し、ようやく安心したように速さを緩めた。
 ふと自分の髪が乱れている事に気付き、足を止め結い直そうとした時だった。
「……逃がさないよ?」
 耳元で、声が。
「残念だけど、」
 嫌な汗がふきだす。逃げなければと思うのに、体は彼女の意思に反して勝手に動き、とうとう振り返ってしまう。
「腹が減っているんだ」
 真っ白な髪と、紅い瞳。その少年の笑顔が、彼女の最後に見たものだった。




 白髪の少年は女性の体を貫通させた自分の腕を、ずるりと引き抜く。それと同時に彼女の身体からは力が抜けた。すでに意味の無くなったそれを支える必要などなく、そのまま手を離し地面へと落とす。その様子にすら一瞥もくれずに、自分の手の中にあるものを満足そうに眺めた。
 それは、今彼女から掴み出したもの。半透明で、ゆらゆらと揺れる。
 それを口に入れようとしたとき、彼の背に何かがぶつかってきた。
「ざんねーんっ。それあたしの!」
 場違いなほどに明るいその声を聞いて、彼は心底嫌そうな顔でふりむく。
「……、死神!」
「元気ー?10日ぶりー」
 にこにこと挨拶をするのはセーラー服の少女。そして、
「残念ですが、その魂は渡していただきます」
 彼女のやや後方には、分厚い本を抱えた、学生服の少年。
「…おまえら、本当は狙ってやってるんじゃないのか?」
 少女の言ったとおり、10日前にもこの二人と顔を合わせていた白髪の少年は呟く。
「まあ心外」
 信じられない、というように右手を頬に当て、少女が言う。とてもわざとらしい。
 学生服の少年が、持っている本を開き、あるページを見せる。
「本日この時間、この場所で亡くなる予定だった方です。確認を」
 そのページには数枚の顔写真が載っており、その横には日付と時刻、地名と番地が記してあった。少年の指した写真に写っているのは、足元に倒れ、目を見開いたまま動かない、この女性。
 記してある時刻は数分前、ちょうど白髪の少年が彼女から魂を抜き取ったであろう時刻。場所もこの位置が記されていた。
「………ちっ、」
 思わず舌打ちをしてしまう彼に、セーラー服の少女は笑顔で右手を差し出す。
「その魂よこせ。」
 とても嫌そうに、けれども仕方なく、手にしていた半透明のそれを差し出し、少女はにこにこと受け取った。
「どうも。あ、なんだったらそれ食べてもいいよ。いらないし」
 それ、と倒れている女性――死体を指差した。
「いらん。肉は食わない」
「そう?魂しか食べられないのも大変ねー」
「そう思うならそれをよこせ」
「あー無理無理。こっちも仕事ですから」
 それにしても、と少女は続ける。
「これで何度目よ?こう何度も鬼籍に載ってる人を載ってる場所で載ってる時間に襲う鬼なんてアナタ以外知らないわ。ねぇ?」
 最後の言葉は、学生服の少年へ向けた言葉。
「……そうですね、確かに」
 無表情のまま応じる。
「でも仕方ないんじゃないですか。死が近い人間の魂は捕りやすいし、そもそも鬼自体長く生きることは滅多にないですし」
「それもそうねー。…と、あら大変。今日はもう一個回収しなくちゃいけないんだったわ。もう行かなくちゃ」
 腕時計に目を落とし、少女は言った。
 それから、白髪の鬼へ向きなおる。
「それはこの辺じゃないから、ここで好きなだけ狩ったらいいわ。じゃーね、バイバイ」
 それだけ言うと、返事を待たずに歩き出した。
 学生服の少年は、軽く会釈をして少女のあとを追う。
 その二人の後姿を眺め、鬼は、
「相変らず変な死神だ」
 もう会わないようにとひそかに願う。




「――本当に、狩らないんですね」
 彼は前を歩く少女の背中に声をかけた。
「えー?だってそれは死神部の仕事じゃないじゃない」
「報告は義務の筈ですが?」
 続けて言うと少女は立ち止まり、振り返って、
「あたし、忘れっぽいの」
笑う。
「あなたも、そうでしょう?」
 にっこりと。
 その笑顔を無表情に見返して、応える。
「……そうですね。」



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