切々

   1

 昔からずっと一緒だった。これからも一緒だと思ってた。
 けど、イキナリ遠くに行っちゃうって聞かされて。
「え……何…で、」
 なんかうまく声が出なくて、それだけ云うのがやっとだった。
 自分は今すごくへんなカオしてるだろうなって思って。それでもじっとトモアキの方見た。
 トモアキは少し悲しそうなカオして、
「ごめんね。」
 って。それしか云わない。他に何も云わない。
 離れちゃうのに。
 ずっと、ずっと遠くに行っちゃうのに。
「ごめんね。」って、そんなこと云ってほしいんじゃないのに。なんで分かってくれないの?
 自分でもよく分かんないうちに涙流れてて、トモアキはそんなあたしをただ、見ていた。


 真白な部屋の中、二人は向き合って座っている。
 もう、10分以上も沈黙が続いている。
「……それで、」
 先に沈黙を破ったのは、碧い睛をした少女の方だった。
「あなたは、何をしたの」
 静かな口調で問う。
「あたし……は」
 黒い睛の少女は、泣きそうな顔をする。
「あたし……朝日が離れてっちゃうなんて嫌だったの。だって、ずっと一緒にいたかったの。だから……」
 涙が溢れ、頬を濡らす。
「朝日を、……殺したの。」



   2

「――……リ、ツ?」
 トモアキは一瞬、目を見開いて、それから、苦しそうにカオをゆがめた。
「……どうして、」
「だって……」
 あたしはトモアキのカオを見て、笑っていた。
 もう、どっかコワレちゃってたのかもしれない。
「こうしたらもう、どこにも行かないでしょう?」
 そう云って、トモアキの胸に刺さった包丁を、さらに深く刺し込んだ。
 トモアキは血のついた右手で、そっとあたしの頬に触れた。
「……リツ。ごめんね。リツが淋しがりやだって、知っていたのにね。」
 それが、トモアキの最後の言葉だった。


 日が傾いてきて、白い壁は朱く染まる。
 黒眼の少女――葎は、涙を流し続けている。
 碧眼の少女、花月は葎に問いかける。
「あなたは悔いているのね。……それで、これからあなたはどうするの」
 その言葉に、責めるような響きはない。かといって、優しくは決してなかった。
「あなたは今、どうしたいの。泣いて過ごすなんて答えならいらない」
 葎はゆっくりと顔をあげて、花月を見る。花月は無表情に葎を見つめている。葎は、困ったようにかぶりを振る。
「……わかんない。」
「どうして」
「わかんないの。後のことなんて考えなかったわ。……ねぇ、知ってたら教えて。あたし、どうしたらいいの」
 朝日と一緒にいられると思ったのに。
 引き離されて。飛び出してきて。花月に会った。
 葎の言葉に、花月は僅かに眉を顰める。
「どうして人に聞こうとするの。あなたの事でしょう」
「……だって、」
「人に頼ってばかりなのね。一人では何も出来ないのね。でも、誰も助けてなんてくれないわ。あなたが決めなければならないのですもの。自分で、一人で。」
 そう云うと花月は席を立ち、そのまま部屋から出て行ってしまう。
 残された葎は、途方に暮れた顔でうつむいた。
「だって……もう、わかんないよ……」



   3

 街の端に、神社がある。人が訪れる事は滅多になかったが、今日は境内に二人の少女が居た。
 一人は、此処に住まう者。もうひとりは、
「決めたの」
 葎は、笑顔で花月に云った。
「ほんとは、霊とか信じてなかったんだけどね。でももしかしたら会えるかもしれないし。」
「……そう。」
 朝日の死んだ場所で自分も死ぬのだと云う。
 去ってゆく葎を、花月は何も云わずに見送る。
 姿が見えなくなったところで、呟いた。
「……愚か。」
 それは葎にではなく、過去の自分へ向けた言葉。



切々【せつせつ】@むねにせまるように悲しいさま。A思いせまるさま。

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