死後挿話


 限界だった。
 何もない、狭い部屋に入れられ、窓も無いために今が昼なのか夜なのかすらわからない。唯一時間の経過を示すものは、一日一回運ばれる食事だった。ノブのついていない扉は内側から開けることができず、外に出ることは叶わない。
 何もすることがなくただじっと部屋の中にいるだけの生活は限界だった。このままでいれば近いうちに発狂してしまうに違いないと彼は思った。
 そして、脱走を決意する。

 方法は簡単だった。
 扉のすぐ横に待機しておき、食事のトレイを持ってきた者が開けた瞬間に、体当たりをして通り抜ける。
 実際、こんなにあっさりと成功するとは思わなかった。当然対策がされているだろうと考えていたからだ。けれどそんな事はないようで、警報が鳴ることも追手が来ることも無い。
 拍子抜けしたものの、まだ完全に安心することもできない。はやくここから抜け出さなければ。

 部屋の外は、中と同じようにすべてが白かった。白い床に白い天井、白い壁。同じ形の白い扉がずらりと並んでいる。
 ここに来たときに会った、天使と名乗る男はここが天国だと言った。それが本当だとすれば、最悪だと彼は思った。こんな建物を造った奴は、気が狂っている。

 同じ扉が左右にずっと並ぶ景色で、すでにどのくらい歩いたかも判らなくなった頃。彼の前に灰色の扉が現れた。出口に違いないと瞬間的に思い、信じた。疑いもなく扉を開けると、そこには。
銃口が。




「初めに説明したはずですよ、部屋から出てはいけないと」
 銃口を向けたまま、天使は笑顔で告げた。
「残念です」
 ためらいもなくトリガーをひく。





 ガシャンと重い音をたてて錠が下ろされた。
 その音で彼は意識を取り戻した。目の前には鉄格子。その向こうには、天使。銃を撃ったときと同じ笑顔を浮かべている。それは、初めて会ったときと同じ笑顔だった。
「なん、で……さっき、撃たれて、」
 何故自分は生きているのか。
「何故って貴方、初めから死んでいるじゃありませんか」
 笑顔のままで天使は答える。そして続けて、
「これからはその中で生活していただきます」
 鉄格子だと思ったものは檻だった。その中に自分が入れられている。檻があるのは先ほどまで自分がいた部屋だった。壁にある傷は、自分がつけたものだ。
「何度も逃げられても困りますし、仕方がありませんよね?」
 問いかけの形をした宣言。
 それでは、良い生活を。
 そう告げて、天使は部屋を出て行った。



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