死前
扉を開けて、聞こえてきたのは明るい声。
「いらっしゃいませー」
声の主を見て、彼は驚く。
そこにいたのは、少年。まだ小学生くらいの。
少年はにこにこと言う。
「あ、驚いてます? ですよねー、こんな子供が出てきたらねー。でも安心して下さい、ちゃんと死神です」
未だぼーっとしている彼をよそに、少年はにこにこと続ける。
「予約……はしてないですよね、運がいいですねーいつもこの時間は少し混むんですよ。あっ、そこのソファにでも座ってお待ち下さい、すぐに準備しますから!」
そう言って、部屋の隅にある戸棚を開けた。
少年は、示されたソファへ腰を下ろし、うつむいている。
ごそごそと、何かを取り出しながら、少年は喋る。
「最近死にたがる人多いんですよねー。おかげでウチは大繁盛ですよ。あなたはどうして死のうと?」
答えを待つかのように間があくが、答えずにいると再び喋りだす。
「まぁ、本気で聞きたいわけでもないですけどね、どうせイジメとかだろうし……さて。」
気付くと、少年はすぐ近くまで来ていた。
「じゃあ、死にましょうか」
にこりと笑う。手には大鎌。
彼はそれを見て、怖くなる。
自分は、何を、しようと。
「……っ!」
勢いよく、立ち上がり走り出す。出口へと。
少年は、呆気にとられた顔をする。
戸口までついて、ノブに手をかけて、まわして、
「逃がさないよ。」
腕をつかんだ手の先は、少年。
大鎌を持った、少年。
笑って、鎌を振り上げて、振り下ろす。
死後
目を開けた。
「――今日は。」
声のした方を向くと、そこには背広の男。
七三分けと眼鏡。どこの会社員だ。
と思っていたら、男は言った。
「初めまして、天使です」
「は? 天……」
使?
彼の戸惑いなど気にする事もなく、男は続けた。
「まずはこちらをお受け取り下さい」
そう言われて受け取った紙には、数字が書いてあった。3行にわたってびっしりと。
「転生待ちの番号札です。呼ばれるまでこの部屋にてお待ち下さい」
この部屋。白い部屋。何もない部屋。
男の後ろに扉が見える。外へと通じているのだろう。内側に少しだけ開いている。ノブが付いていない。
「食事は1日1回です。死神が店を開いてから、死ぬ方が急増しましてね、天界も食糧難なのです。それから、この部屋から出る事は禁じられていますので、ご了承下さい。もしも勝手に出た場合は――」
そこで鳴ったのは、携帯電話の着信音。
「失礼」
と言って、男は携帯電話を取り出し、電話の相手と会話を始める。
「……脱走?ああ、その方は丁度2年目に入りますからね……解りました、直ちに捕獲に向かいます」
通話を切って、再びこちらを向く。
「と、いう訳で、私は行かなければなりませんが」
背広の内ポケットへと携帯電話をしまい、かわりに手に握られたのは、拳銃一丁。
「勝手に出た場合は、転生までの時間が延びるだけですので」
笑顔で告げる。
「大人しくしていた方が良いと思いますよ」
すぐ捕まりますしね――と男は言い、
「それでは、良い生活を」
部屋の外へ出て、扉を閉めた。
扉にノブは付いていない。
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