死前挿話
ビルの屋上から、下を見下ろした。
高い。
「…………」
――高い。
「……はぁ」
溜息をついて、座り込んでしまった少年は、それでも下を見たままでいる。
あと、一歩。踏み出せば、落ちる。柵はもう越えている。
「死なないんですか?」
「!?」
ふと頭上に影が差し、その声が聞こえた。振り返り、見上げた先には背広の男。
「飛び降りる勇気も無いんですか?」
柵に肘をつき、こちらを見下ろしていた。
「なんっ……何だよアンタ!?」
「通りすがりの者です」
少年の問いかけに、にこりと答える。
そして、続けて言う。
「あと一歩で死ねるというのに。」
その言葉に、少年はムッとする。
「は!? 何なんだよ、アンタに関係なっ――」
言葉をさえぎるように、眼前に一枚の紙を下げられた。何かのチラシのよう。思わず少年は受け取ってしまう。
「……何だよ、これ」
男はやはり、にこりと答える。
「そんな貴方に、こちらの店をオススメします」
チラシに書いてある文字は、日本語ではなく、英語でもないようで、少年には読めなかった。ただひとつ読めるのは、載っている地図の駅名。この店のある場所は、ここのすぐ近くのようだ。
「死神が開いている店でしてね」
「は? 死神?」
男の声に、チラシから視線をそちらへ戻す。
「そこへ行けば、殺してくれますよ」
「――――……。」
少年の、不信そうな視線に気付いているのかいないのか、男は続ける。
「まぁ、死神云々は信じなくても構いませんが。殺して貰えるのは本当ですよ」
そこまで言うと向きを変え、扉の方へ歩き出す。
「ちょっ……、」
「……では。」
「おいっ、待っ……」
呼び止めようとする、少年の声に無視をして、屋内に入り扉を閉めた。
「………………」
残された少年ひとり。手に持ったチラシを見てそして。
とある店の前に立った少年ひとり。
ごくりと唾を飲み、覚悟を決めて扉を開ける。
中からは明るい声。
「いらっしゃいませー」
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