虚耗
1/2
0
空に太陽が並んでる。
貴方が何を望んでいるのかなんて云ってくれなければ理解る筈がないです。何を期待しているのか知らないけれど、僕にはそれに応えるだけの力も頭脳も無いんです。どうしてそんなにも期待を寄せるのですか。僕は潰れないようにするだけで精一杯だというのに。
鳥は狂ったように啼き続けて、
僕はもうどうしたらいいのかわからないんです。だったら僕は何のために生きているのでしょうか。生きたいとも思わないのに死ぬ勇気が無いというだけで徒だらだらと生き続けているのです。なんて浅ましい生き物なのでしょう。
時計の針はもう動かない。
貴方は今日も泣いているのですね。僕の所為ですね。御免なさい。貴方の思うとおりに動かなくてごめんなさい。でも僕はもう自分の存在意義を探そうという気力すらなくなってしまったのです、ゴメンナサイ。
僕は病気なのだそうです。だからこんな風になってしまったのだそうです。ちゃんと病院に通い、カウンセリングを受ければ治るのだと云われました。僕はどこか可笑しいのでしょうか。わかりません。わからないのは僕が可笑しいからなのでしょうか。
1
真赤な月が薄暗い空に浮かんでる。あれが太陽の光を反射して光っているなんてどうして思えるだろう。
時計の針はもう夜中の2時を過ぎていると言うのにどうしてこんなに明るいのか。人間たちは狂ったように笑ってて、何がそんなにも面白いのか僕にはわかることができない。
こんなにも周りに人がいるのに何故だか無性に寂しくなって、僕はその場を後にした。
外に出ても人がたくさんいるのには変わりなくて、それなのに誰も僕を知っている人はいなくて(いたらここに来た意味がないけど)、ああ僕はこんなところで何をしているんだろう。
「自分の居場所を探していたんでしょう、」
突然そんな声が聞こえて、一瞬自分に云われたのだとは理解らなかった。
僕と同じくらいの年齢で、真黒な長い髪をしていて、血みたいに紅い着物を着ていた。旧家のお嬢様みたいだと思った。そう云ったら、微かに笑った。それが肯定なのか否定なのかはわからなかった。
「君は誰、」
こんな場所には不似合いで、僕は幻覚でも見ているのかと思った(だったらこんな事を訊くのはすごく莫迦なことに違いない)。
けどその人は幻覚ではなかったらしく、僕の問いに答えた。
「私は綾衣(りょうい)」
そう云ったきり、黙った。僕に何も訊きはしなかった。僕は彼女の事を知らないのに、彼女は僕の事を知っているのだろうか。先刻云った言葉はどういう意味なのだろう。彼女はこんな所で何をしているのだろう。
訊きたい事はたくさんあるのに、何故かうまく言葉にならなくて、何一つ訊くことはできなかった。
2
担任は僕に云いました。
最近成績が下がっているぞ。何か悩み事でもあるのか、と。
あったけれど、以前同じ事を相談したらそんなくだらない事に時間を使っているんじゃないと怒られてしまったので、もう二度と何も話すまいと思っていた僕は答えました。
何もありません、と。
すると担任は怒りました。では怠けて勉強をしていないのだろう。そんな事では良い大学へは行けないぞ。
僕は担任に訊きました。良い大学へ行き、良い会社へ入った後は何が残るのでしょう。僕は地位や名誉なんていりません。もっと、心に残るようなものが欲しいのです。
そう云ったら打たれました。つまらない事を考えるのではないと。つまらない事なのでしょうか。僕にはわかりません。
次のテストでも望まれていた点数は取れませんでした。怒られました。あれだけ言ったのにまだわからないのかと。家に帰ったら父にも怒られました。母は泣きました。
何故怒るのですか。何故泣くのですか。
僕にはわかりません。
学校へ行くのももう嫌になりました。息が詰まりそうです。
窒息シテ 死ヌ。
僕は学校へ行かなくなりました。すると毎朝母が僕の部屋の扉の前で涙ながらに訴えるのです。学校へ行って頂戴。もう、母さんどうしたらいいのかわからないのよ。何があったの。どうして何も云ってくれないの。どうして学校へ行かないの。どうして、どうして、ドウシテ―――。
その声はとても煩くて、僕は耳を塞ぐのです。
そうこうしているうちに、母は出勤の時間になり出て行きます。僕はやっと部屋の外に出る。
そんな日がずっと続くのかと思っていたある日、母が病院へ行こうと云い出しました。母を悲しませているという自覚はあったので、そのくらいなら、と思い行くことにしました。
精神科医は僕に何でも話してごらんと言いました。僕は何も話すことはありませんと云いました。すると精神科医は僕にいくつか質問をしました。
学校では普段何をしているの?――勉強です。
友達はいますか?――はい。
担任の先生をどう思う?――とても教育熱心な方だと思います(その方向性は別として)。
そんな応答をいくつかした後、また来てくださいと云われ、次の予約を入れて、僕と母は家に帰りました。
母は精神科医に何か云われたらしく(きっとあまり問い詰めたりして刺激して追い詰めないようにとかそんな事なのでしょう)、それからは学校へ行きなさいとも、何があったのか母さんにだけは話してくれるわよね、とも云わなくなりました。時々何かを云いたそうにしている事があるのですが、結局は何も云わずにため息をついて終わるので、放っておくことにしました。
*
「それが貴方の望んだ空間、なの?」
綾衣がぽつりと訊いた。
「……わからない」
僕も小さな声で答える。
ああ僕はどうしてこんな話を綾衣にしているんだっけ?先刻会ったばかりの、名前しか知らない少女に。
でもそんな事はどうでもいいんだ。
多分。
「僕は意味を知りたいんだ。でも、何をどうすればいいのかわからない。どうやったら知ることができるのかわからない」
もう、何が知りたかったのかさえ、わからなくなってきてしまった。
「僕はまだ止まったままでいることしかできない」
「……苦しいね」
「うん」
苦しすぎて、泣きたくなる。
→
戻る