虚耗
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気がついたら僕は自分の部屋にいて、ベッドで眠っていた。昨夜、綾衣という名の少女に会って、何だかいろんな話をしたけどその後の記憶が曖昧でよくわからない。一体いつ別れてどうやって帰ってきたのだろう。
時計を見たらもう九時半で、じゃあもう母さんも仕事へ行っているだろうと思って、リビングへおりていったら父さんも母さんも揃ってた。朝だと思っていたのにどうやら夜だったらしい。
父さんは僕の方を見ようともせず、母さんは何か云いたそうにしながらも何も云わないので無視して台所へ行き、牛乳一杯と食パン一切れを食べて部屋へ戻った。
そして鞄に財布とかペットボトルのジュースとかを詰め込んで、それを手に再びリビングへと向かう。玄関に行くにはそこを通らなければならないから。
父さんは部屋へ戻ってしまったらしく、母さんだけがいて、僕の姿を見て「どこへ行くの」と訊いてきた。僕は足を止めもせずに答える。
「散歩」
「嘘。そんなこと云って、また朝まで帰ってこないつもりでしょう、」
朝まで帰らないとどうして散歩ではないことになってしまうのか。よくわからない。
「あなた、病院へも行っていないそうじゃない。それも先月から。今日電話があったのよ」
「………」
初めのうちはマジメに行っていたけど、だんだんそれすらも辛くなってきて、行かなくなった。
母さんは僕をじっと見ていたけど、それを無視してさっさと家を出た。
いつもなら電車に乗って人の多そうな所へ行くのだけれど、今日はなんだかそんな気分にならなくて、ただなんとなく歩き続ける。いつもだって、行きたいと思って行っていた訳ではないけど。
街の外れの方までくると、ひとつの神社を見付けた。地元だというのに、こんな所に神社があるだなんて全く知らなかった。もう夜の十時だから誰もいなくて、冷たい闇の中に沈んでいる。
何故だか惹かれて境内へと足を踏み入れた。
階段へ座り目を瞑っていると自分が闇の中へ溶け込んでしまったように思えてきて、不安になって目を開ける。今日は月が明るくて、僕の姿はよく見えた。何の音も聞こえなくて世界に自分独りきりになってしまったようで淋しすぎて泣きたくなる。
このままここでじっとしていたら、いつか僕は闇の一部となって消えてしまうのだろうか。きっと誰も僕には気付かない。
そんなことを考えているのが莫迦みたいに思えて、その考えを振り切るようにかぶりを振った。
「……あれ。何してるのあんた、こんな所で」
突然そんな声がして、顔を上げたら目の前に同じくらいの年頃の少年がいた。
「……綾衣に似てる」
僕がそう呟いた言葉が聞こえたらしい。少年は尋ねてくる。
「綾衣の知り合い?」
「知り合いっていうか、…何なんだろう」
名前しか知らない。
「ふぅん?おれは黒羽(くろは)。綾衣の弟なんだ」
そう云って黒羽は笑った。
「おれは綾衣に会いに来たんだけど、あんたもそうなの?」
「え、綾衣って、この神社に住んでるの?」
「そうだよ」
「君は?綾衣とは別々に住んでるの?」
そう訊いたら、黒羽は微笑する。綾衣と同じ、少し悲しそうな笑顔。けれどそれが肯定なのか否定なのかどちらでもないのか、やっぱりわからなかった。
4
その後綾衣と黒羽と僕で、月を見ながらお茶を飲んで、いろんな話をして、黒羽は家へ帰り僕はまだ夜の街を歩き回っている。
頭の中で先刻の黒羽との会話が回ってる。繰り返し。くりかえし。
『良い学校へ行って良い会社へ勤め良いポストへ就き、皆から賛辞を受けて満足するのは君じゃない。親や担任だよ。ワタシタチはこんなにもスバラシイコを育てたのです、って。自慢したいんだよ。君の気持ちがどうなのかなんて考える必要は全くないんだ。君が人形のように云うことをきいて、望む結果を出してくれればそれでいい。君の人格なんて要らないんだ』
『…じゃあ、僕は何のために生まれたの。何で生きてるの。死んだらどうなるの、』
『君が死んだら親は失望する。唯それだけ』
『……そう』
気がつけば僕はビルの屋上にいて、下を通り過ぎる人や車をぼんやりと眺めていた。
たった何十年かそこらの命の中で満足できることなんて何度あるだろう。生きる理由を持てる人なんて何人いるだろう。飢えて何かを求めてああなんて醜い生き物なのか。
不意に綾衣の言葉が蘇える。
『自分の居場所を探していたんでしょう、』
そうだね。
ずっと、ずっと探していたんだねきっと。
でももう苦しくて淋しくて疲れ果ててしまったんだ。
眼下のはるか遠くには地面があって。
僕はフェンスを乗り越え縁に立つ。
ああ、そうか。
初めからこうすれば良かったんだ。
遠くで綾衣の声が聞こえたような気がしたけれど、僕にはもうわからない。
さようなら。
最後まで人に自慢できるような事やれなくてごめんね、母さん。
でも僕はもう自分のことを知ってしまったんだ。
イミも、リユウも、見つけられやしないんだよ。
僕はもう大分前から 壊れて、
ああ ごめんね。
目の前に地面が迫って
真暗
に
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○月×日 17歳の少年がビルの屋上から飛び降りて自殺。遺書はなかったが、去年から登校拒否をしていたことから、学校で何かあったのが原因なのではないかと思われる。彼の担任は、悩みがあったのなら相談してほしかったと悔しそうに語る。
「自分が追い詰めていたのに」
紅い着物の少女がポツリと云った。
「だって叱咤激励の気でいたんだから仕方がないんだよ」
少女の弟はテレビの画面を睨みながら云う。
虚耗【きょこう】@からになる。減ってなくなる。A体がおとろえつかれる。
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