七夕
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 一年に一度だけ会える約束。
 まるで、織姫と彦星だねと君は笑った。
 七年前の約束。



   1

「……え、どうして」
 困惑した声だった。
「なんで……」
 やっとのことで絞り出しているような、声だった。
「……ごめんね、棗」
 千歳はもう一度、同じ科白を云う。
「僕はもう君には会わない」
「なんで、そんなことを云うの……」
 それに答えることをせず、千歳は通話を断ち切った。
「…………」
「本当にもういいの?」
 電話の前に立ったままでいる千歳に、流火は訊いた。振り返った千歳は少し淋しそうな顔で微笑む。
「……いいんだ」
 いつかは、終わらせなければいけないことだから。
「君がいいのなら僕は何も云わないよ。……これから君はどうする?」
 そう問われて、千歳は流火をじっと見る。
「まだ、付き合ってくれるの?」
「今更だよ」
 流火は、やれやれという風に、ため息をついた。
「既に三つも願いを聞いているんだ。一つや二つ増えたところで、大した違いは無い」
 何を願いたいのかをもう知っているようなその態度は、千歳を安心させた。
 彼はきっと叶えてくれる。
 だから、悲しむことはない。
「ありがとう……流火」
 そして、流火は訊いた。
「さぁ、君の願いは何?」



   2

 千歳も棗も七歳だった。十年前の七月七日、二人は出会った。

 放課後の小学校、いつまでも帰らず残っていた。
 空は怖いくらいに真赤に染まり、校舎の中は昼間と変わって、影に支配されていた。裸足で歩く廊下は、ぺたぺたと音がする。
「……何をしているの?」
 千歳は驚いて振り返る。
 女の子が一人立っていた。
「幽霊?」
 千歳が訊くと、その子は笑う。
「違うわ。あなたは?」
「僕も幽霊じゃないよ。帰っても誰もいなくてつまらないから、学校の中を一人で探検してみようと思ったんだ」
 先生に見付からないように上履きは下駄箱に戻し、靴はランドセルの中へ押し込んだ。
「怖くない?」
「そう思うなら、どうして君はこんな時間まで残ってるのさ」
 その言葉に、女の子はくすりと笑った。
「私は棗。あなたはもう帰っちゃうの?」
「僕は千歳。全部見てきたから帰ろうと思ってたけど」
「けど?」
「暇なら一緒に遊ぼうよ」
「……いいわ。どうせ今日はお父さんもお母さんも帰ってこないんだもん」
 今日は誕生日なのに。
 呟かれた棗の言葉に、千歳は驚く。
「僕も誕生日だよ、今日」
「……そうなの?」
 二人で見つめあい、同時に笑った。
「チョコといちご、どっちが好き?」
「チョコがいいわ」
「じゃあそうしよう」
 近くの店でケーキを買った。店の人に訝しげな顔をされたが、お使いだと云うと、おまけだとクッキーをくれた。二人で誕生日の歌を歌った。ケーキは丸じゃなくてろうそくも無かったけど、それで充分だった。
 毎年こうやってお祝いをしようと約束をして。
 実際にそうして。
 けれど。
 三年目の七月七日。終わりが来た。




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